
「深刻な人手不足なのに、お客様からの要望は多様化し、やることは増える一方だ…」
「朝から晩まで、お客様対応、スタッフへの指示、トラブル処理に追われ、気づけば一日が終わっている…」
「本来、経営者として考えるべき、新しいプランの企画や資金繰り、未来の戦略について、じっくり机に向かう時間が全く取れない…」
このを、仕方がないことだと諦めてしまっていないでしょうか。
その問題の根源は、スタッフの能力ややる気ではなく、長年染み付いてしまった「非効率なオペレーション(業務の進め方)」にあることがほとんどです。
本コラムでは、日々の忙しさから解放され、経営者が本来の仕事に集中するための「オペレーション改善」について、具体的な手法を部門別にご紹介します。
さらに、効率化を進める上で絶対に知っておくべき「落とし穴」と、その対策についても詳しく解説します。
この記事を読み終える頃には、あなたの貴重な「時間」という経営資源を、目の前の作業から、未来を創るための活動へとシフトさせるための、明確な道筋が見えているはずです。
第1章:なぜ、あなたの旅館はいつも忙しいのか?~非効率オペレーションの正体~
多くの旅館では、意識しないうちに非効率な業務が「当たり前」となり、貴重な時間を奪っています。
その正体を、まずは明らかにしましょう。
1. 「昔からこのやり方だから」という慣習の壁
最も根深いのが、この「聖域化された慣習」です。
手書きの予約台帳、紙の回覧板での情報共有、口頭での引き継ぎ。
これらは一見、温かみのあるアナログな手法に見えますが、その裏では膨大なムダが発生しています。
「〇〇様からのアレルギー情報を、フロントから厨房に伝え忘れた」
「予約サイトの停止依頼が遅れ、ダブルブッキングしてしまった」
といったミスは、こうしたアナログな情報伝達が原因であることがほとんどです。
2. 「〇〇さんしか分からない」という業務の属人化(※1)
「予約管理のことは、ベテランの佐藤さんしか分からない」
「あの部屋の特殊な空調の操作は、山田さんしか知らない」
このように、特定の業務が特定の人にしかできない状態を「属人化」と呼びます。
これは、一見その人が頼りにされているように見えますが、経営上の大きなリスクです。
その担当者が急に休んだり、退職してしまったりすると、途端に業務が滞ってしまいます。
新人スタッフへの教育にも時間がかかり、結果として組織全体の成長を妨げる要因となるのです。
3. 部門間の「サイロ化」による情報伝達ロス
フロント、客室、料飲といった各部門が、まるで孤立した倉庫(サイロ)のように、それぞれ独立して業務を行っている状態を「サイロ化」と呼びます。
「フロントは予約を受けるだけ」
「厨房は料理を作るだけ」
といった意識では、部門間の連携が生まれず、お客様の情報がスムーズに流れません。
例えば、リピーターのお客様が以前「蕎麦アレルギー」だと伝えていたにも関わらず、その情報が厨房に共有されず、また同じ質問をしてしまう。
こうした些細な連携ミスが、お客様の満足度を静かに、しかし確実に蝕んでいきます。
これらの非効率なオペレーションは、スタッフの労働時間を不必要に引き延ばし、疲弊させ、大切な「おもてなし」にかけるべきエネルギーを奪い去ってしまうのです。
(※1)属人化(ぞくじんか):ある業務の進め方や進捗状況などが、特定の担当者しか把握できていない状態のこと。業務のブラックボックス化とも言える。
第2章:【部門別】明日からできるオペレーション改善具体策

では、具体的にどこから手をつければよいのでしょうか。
ここでは、比較的小さな投資から始められる、即効性の高い改善策を部門別にご紹介します。
1. フロント業務:「待ち時間」を「感動時間」に変える
フロントは旅館の顔ですが、チェックイン・アウト時の行列や、鳴りやまない電話対応で疲弊しがちな部門です。
- 予約管理の完全デジタル化
もしまだ手書きの台帳や、サイトごとに予約を手入力しているなら、今すぐPMS(※2)とサイトコントローラー(※3)を連携させましょう。
全ての予約サイトからの情報が一元管理され、在庫調整も自動で行われるため、ダブルブッキングのリスクと転記作業の手間がゼロになります。 - 問い合わせ電話の削減
電話対応は、スタッフの時間を最も中断させる業務の一つです。
「アクセス方法は?」「チェックイン時間は?」といった「よくある質問(FAQ)」を公式サイトに分かりやすく掲載するだけで、電話の本数は劇的に減ります。 - 事前チェックインの活用
予約確認メールに、宿泊者情報を事前に入力してもらうフォームへのリンクを記載しましょう。
お客様は移動中の隙間時間に入力でき、当日は署名だけで済むため、チェックイン時間が大幅に短縮されます。
この一手間が、お客様のストレスを軽減し、スタッフの負担を減らします。
(※2)PMS(Property Management System):宿泊施設管理システムのこと。予約管理、顧客管理、客室管理、会計処理など、旅館の基幹業務を統合的に管理するITシステム。 (※3)サイトコントローラー:複数のOTA(ネット旅行会社)や自社予約サイトの客室在庫と料金を、一括で管理できるシステム。
2. 客室清掃業務:「探す・待つ」ムダをなくす
お客様がチェックアウトしてから、次のチェックインまでの時間はまさに時間との戦いです。
この部門の効率化は、稼働率の向上に直結します。
- 清掃状況のリアルタイム共有
「101号室の清掃は終わった?」
「お客様が早く着いたけど、部屋は入れる?」
といったフロントと清掃スタッフ間の電話でのやり取りは非効率です。
ビジネスチャットツール(LINE WORKSやSlackなど)や清掃管理アプリを導入し、清掃スタッフがスマホで「〇号室、清掃完了」と報告するだけで、フロントのPCに即座に状況が反映される仕組みを作りましょう。 - 備品の「定位置管理」と「見える化」
「シーツの予備はどこ?」
「あの洗剤がない!」
といった「探す時間」は純粋なムダです。
リネン庫や清掃カート内の備品の置き場所を写真付きでマニュアル化し、誰が見ても分かるように「定位置管理」を徹底します。
在庫も「このラインを下回ったら発注」といったルールを設けることで、発注漏れや過剰在庫を防ぎます。
3. 料飲(レストラン・厨房)業務:「伝達ミス」をゼロにする
食事は、お客様の満足度を左右する重要な要素です。ここでの情報伝達ミスは、時に重大なクレームにつながります。
- 顧客情報の自動連携
PMSに登録されたお客様のアレルギー情報、記念日、過去の注文履歴などを、夕食の開始時間に合わせて、厨房のプリンターやモニターに自動で出力されるように設定します。
これにより、フロントからの口頭やメモでの伝達漏れがなくなり、厨房は先回りした準備ができます。
「〇〇様、本日はお誕生日おめでとうございます。料理長からささやかな一品です」
といったサプライズも、この仕組みがあればスムーズです。 - オーダーエントリーシステムの導入
手書きの伝票は、オーダーミスや集計の手間の温床です。
ハンディ端末を使ったオーダーエントリーシステムを導入すれば、受けた注文がリアルタイムで厨房に伝わり、会計データも自動でPMSに連携されるため、人的ミスと作業時間を大幅に削減できます。
第3章:【最重要】効率化の裏に潜む「落とし穴」と注意事項
オペレーション改善は、ただ便利なITツールを導入すれば成功する、という単純なものではありません。
むしろ、やり方を間違えると、かえって現場を混乱させ、旅館の魅力を損なうことにもなりかねません。
ここでは、私が多くの現場で見てきた、効率化の裏に潜む4つの「落とし穴」と、その回避策についてお話しします。
落とし穴1:効率化が「ぬくもり」を奪ってしまう
最も警戒すべき落としな穴です。
効率を追求するあまり、お客様とのコミュニケーションまで「効率化」してしまうと、旅館が本来持つべき「人ならではの温かみ」が失われてしまいます。
スマートチェックインシステムを導入し、フロントを無人化した。
お客様は誰とも顔を合わせずに部屋に行けるようになり、人件費は削減できた。
しかし、常連のお客様から「味気なくなったね」「支配人の顔を見に来ていたのに」という声が上がり、徐々に客足が遠のいてしまった。
「何のために効率化するのか」という目的を、スタッフ全員で共有することが不可欠です。
それは「楽をするため」ではなく、「効率化で生み出した時間とエネルギーを、お客様との対話や、より質の高いおもてなしといった、人でなければできない付加価値の高い業務に振り向けるため」である、という共通認識を持つことです。
例えば、「チェックイン作業はシステムに任せ、その分ロビーでお客様をお迎えし、ウェルカムドリンクを飲みながら地域の魅力をお話しする時間を大切にしよう」といった方針を立てるのです。
効率化する業務(ノンコア業務)と、あえて人の手を残す業務(コア業務)を戦略的に見極める視点が、経営者には求められます。
落とし穴2:ITツールの「導入」が目的化してしまう
便利なツールはたくさんありますが、それを入れること自体が目的になってしまうケースが後を絶ちません。
流行りの多機能な顧客管理システムを高額で導入した。
しかし、現場のスタッフには操作が難しすぎ、結局誰も使いこなせない。
以前のやり方の方が楽だったと、新しいシステムを無視して紙のメモで顧客管理を続け、システムの利用料だけが無駄に垂れ流されている。
ツールはあくまで課題解決のための「手段」です。導入前に、「今あるどんな課題を、そのツールで解決したいのか」を具体的に言語化してください。
そして、実際に使う現場のスタッフ(特にITが苦手なスタッフ)を巻き込み、デモンストレーションを体験してもらいましょう。
「これなら私でも使えそう」という声が聞けるかどうかが、重要な判断基準です。
また、導入後の研修や、ベンダー(販売会社)のサポート体制が充実しているかも、必ず確認してください。
落とし穴3:部分最適が「全体非効率」を招く
各部門が、自分の部門の都合だけを考えてバラバラに効率化を進めると、部門間の連携が断絶され、かえって会社全体として非効率になってしまうことがあります。
フロント部門が、コストの安さだけで新しい予約管理システムAを導入した。
一方、レストラン部門は、高機能なオーダーシステムBを導入。
しかし、AとBのシステムは連携機能がなく、レストランの売上を、毎日スタッフが手作業で予約管理システムAに転記しなければならなくなった。
経営者は、常に「全体最適」の視点を持たなければなりません。
各部門の改善策が、会社全体の情報の流れをスムーズにしているか、データが連携できるかを必ず確認してください。
新しいシステムを導入する際は、そのシステムが既存のシステムと連携可能か(API連携など)を事前に調査することが不可欠です。
部門横断の「業務改善プロジェクトチーム」を立ち上げ、全体を見渡せる体制で進めるのが理想です。
落とし穴4:変化に対する「心理的抵抗」を軽視する
どんなに素晴らしい改善策も、実行するのは「人」です。
特に、長年慣れ親しんだやり方を変えることには、必ず心理的な抵抗が生まれます。
経営者がトップダウンで「明日から全ての情報共有はチャットツールで行う」と一方的に宣言。
しかし、年配のスタッフはスマートフォンの操作に不慣れで、「やり方が分からない」「面倒だ」と反発。
結局、一部の若いスタッフしか使わず、チャットと従来の口頭伝達が混在し、かえって情報が錯綜してしまった。
変化を強制するのではなく、なぜ変える必要があるのか(Why)を丁寧に、何度も説明することが重要です。
「このままでは人手不足で皆が疲弊してしまう」
「ミスを減らしてお客様にもっと喜んでもらいたい」
といった背景を共有し、共感を得る努力を惜しまないでください。
そして、「新しいやり方に変わると、こんないいことがある(メリット)」を具体的に示し、まずは一部の協力的なスタッフや部門からスモールスタートします。
そこで出た成功体験(「ミスが減って仕事が楽になった!」など)を全体に共有することで、「うちの部門もやってみようか」という自発的な動きが生まれやすくなります。
焦らず、対話を重ね、小さな成功を積み重ねていくことが、変革を成功させる唯一の道です。
おわりに:オペレーション改善は、未来を創るための「時間」への投資
オペレーション改善は、単なるコスト削減や作業の効率化ではありません。
それは、日々の忙殺から解放され、「時間」という最も貴重な経営資源を生み出すための、未来への投資です。
効率化によって生み出された時間で、スタッフはマニュアル通りの作業から解放され、お客様一人ひとりに合わせたおもてなしや、新しい体験プランの企画といった、より創造的で付加価値の高い仕事に挑戦できるようになります。
そして何より、経営者であるあなた自身が、目の前の業務から解放され、数年後、数十年後の旅館の未来を描くという、本来の仕事に集中できるようになるのです。
本コラムでご紹介した改善策と「落とし穴」を参考に、まずは自館のどこに一番のボトルネックがあるかを見つけることから始めてみてください。
完璧な計画を待つ必要はありません。
小さな一歩を踏み出すことが、あなたの旅館を「忙しいだけの宿」から「生産性が高く、創造性あふれる宿」へと変える、大きな転換点となるはずです。
なかなか自社、本人たちだけではうまくいかないことも多いのが実情です。
弊社がお手伝いさせて頂きます。
お気軽にお問い合わせください。