
宿泊業界は、常に変化と挑戦に満ちています。
新型コロナウイルス感染症による未曾有の危機を乗り越え、インバウンド需要の回復、国内旅行の再活性化といった明るい兆しが見える一方で、人手不足、光熱費の高騰、OTA手数料の増加、多様化する顧客ニーズへの対応など、経営を取り巻く課題は山積しています。
「現状のままで本当に生き残れるのだろうか?」
「収益は上がっているはずなのに、なぜか手元にお金が残らない」
「スタッフの離職率が高く、人材育成に手が回らない」
このような不安や課題を抱えているホテル・旅館経営者の方々も少なくないのではないでしょうか。
本コラムでは、ホテル・旅館の経営改善に効く「5つの具体策」を、具体的な事例を交えながら詳しく解説します。
これらを実践することで、貴施設の収益力向上、顧客満足度向上、そして持続的な成長への道筋が見えてくるはずです。
1. データに基づいた徹底的な現状分析とKGI・KPIの明確化

経営改善の第一歩は、現状を正確に把握することです。
多くのホテル・旅館では、「稼働率」「客室単価」といった指標は見ていても、それらの数字が何を意味し、どのように経営に影響を与えているかを深く理解しているケースは稀です。
感情や経験則に頼った意思決定では、場当たり的な施策に終始し、根本的な改善には繋がりません。
「データに基づいた徹底的な現状分析」は改善の意味と意識を形作るのに必要となります。
具体的には、以下の項目を多角的に分析します。
全てが無理でも、できる限り取り組んでいただければと思います。
- 財務データ
売上高、原価、販管費、営業利益、経常利益、純利益、キャッシュフロー、損益分岐点など。
特に、変動費と固定費の内訳を細かく分析し、無駄なコストがないか洗い出します。 - 稼働率
年間、月別、曜日別、シーズン別の稼働率に加え、OTAチャネル別、自社予約チャネル別の稼働率も分析します。
競合施設の稼働率と比較することで、自社の強み・弱みが見えてきます。 - 客室単価(ADR)
全体のADRだけでなく、部屋タイプ別、予約チャネル別、プラン別のADRを詳細に分析します。
高単価を実現できている要因、低単価に繋がっている要因を特定します。 - レベニュー・パー・アベイラブル・ルーム(RevPAR)
ADRと稼働率を掛け合わせた指標であり、宿泊施設の収益性を測る上で最も重要な指標の一つです。
日別、月別、シーズン別、競合施設との比較を通じて、RevPARの変動要因を分析します。 - 客単価
宿泊料だけでなく、飲食、売店、アクティビティなど、施設全体での客単価を分析します。
特に、客室以外の二次売上の比率を把握し、アップセル・クロスセルの機会を特定します。 - 顧客データ
顧客の属性(年齢層、性別、居住地、旅行目的)、滞在期間、リピート率、予約経路、利用プラン、満足度調査の結果(NPSなど)などを分析します。
顧客のニーズや行動パターンを理解することで、ターゲット顧客の明確化と、それに合わせた商品・サービスの開発が可能になります。 - スタッフデータ
従業員の勤続年数、離職率、残業時間、一人当たりの売上、顧客対応に関するフィードバックなどを分析します。
人材育成や業務効率改善のヒントが見つかります。 - 競合分析
主要競合施設の料金設定、提供サービス、ターゲット層、マーケティング戦略などを定期的に調査・分析します。
自社のポジショニングを明確にし、差別化戦略を構築する上で不可欠です。
これらのデータを分析する上で重要なのは、単に数字を見るだけでなく、「なぜその数字になっているのか?」という原因を深掘りすることです。
例えば、稼働率が低い場合、それは価格設定が適切でないのか、マーケティングが不足しているのか、顧客ニーズと合致していないのか、競合との差別化ができていないのか、といった具合に、多角的に要因を探ります。

そして、分析結果に基づき、経営改善の最終目標である「KGI(Key Goal Indicator:重要目標達成指標)」を明確にします。
例えば、「来期末までに営業利益率を○%向上させる」「顧客満足度を○点に引き上げる」といった具体的な目標を設定します。
さらに、そのKGIを達成するために、日々追跡すべき「KPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)」を設定します。
例えば、KGIが「営業利益率の向上」であれば、KPIとして「RevPARの○%向上」「F&B売上高の○%向上」「人件費率の○%削減」などが考えられます。
KPIは、日々の業務に落とし込み、スタッフ全員が意識できるような具体的かつ測定可能な指標であることが重要です。
データに基づいた現状分析とKGI・KPIの明確化は、闇雲に改善策を講じるのではなく、効果的かつ効率的な経営改善を進めるための羅針盤となります。
2. 徹底的なコスト削減と適正化

収益を向上させるためには、「売上を増やす」と「コストを減らす」の2つの側面があります。
売上を増やす施策には時間を要する場合が多い一方で、コスト削減は比較的早期に効果が出やすい施策です。
しかし、安易なコスト削減は、サービスの質を低下させ、顧客満足度を損なうリスクがあるため、慎重な検討が必要です。
私が提案するコスト削減は、「徹底的なコスト削減と適正化」です。
これは単に費用を削るのではなく、無駄な支出をなくし、効率的な運営体制を構築することを意味します。
具体的には、以下の点に着目します。
- 人件費の適正化
宿泊業界における最大のコストの一つが人件費です。
シフトの最適化、マルチタスク化の推進、業務効率化ツールの導入(例:スマートチェックインシステム、AIチャットボット)などにより、必要最低限の人員で最大限のパフォーマンスを発揮できる体制を構築します。
残業時間の削減も重要なポイントです。ただし、人件費削減がサービスの質の低下に繋がらないよう、スタッフのモチベーション維持やスキルアップにも配慮が必要です。 - 光熱水費の削減
LED照明への切り替え、高効率空調設備の導入、節水型設備の活用、省エネ意識の啓蒙など、長期的な視点での設備投資と日々の運用改善を組み合わせます。
太陽光発電の導入や、電力会社の契約見直しも検討する価値があります。 - 仕入れコストの見直し
食材、アメニティ、消耗品など、定期的に仕入れる品目のサプライヤーを見直し、相見積もりを取ることで、より有利な条件を引き出します。
共同購入やロット数を増やすことで単価を下げる交渉も有効です。
また、食材の廃棄ロス削減や、アメニティの使い切りタイプの導入なども検討します。 - OTA手数料の削減と自社予約率向上
OTAへの依存度が高い場合、手数料は大きな負担となります。
自社予約サイトのUI/UX(ユーザーインターフェースとユーザーエクスペリエンス)改善、魅力的な公式サイト限定プランの提供、SEO対策、SNSを活用した集客などにより、自社予約率の向上を目指します。
リピーターを増やすためのCRM戦略(顧客関係管理:Customer Relationship Management)も重要です。 - 業務委託費の見直し
清掃、警備、設備メンテナンスなど、業務委託している費用の内訳を精査し、サービスの質とコストのバランスが適切かを確認します。
複数の業者から見積もりを取り、競争原理を働かせることも有効です。 - 修繕費・設備投資の計画的実施
老朽化した設備は、突発的な故障や高額な修繕費に繋がります。
計画的なメンテナンスと、費用対効果の高い設備投資を検討することで、長期的なコストを抑制します。
これらのコスト削減策を実行する際には、各部門の担当者と密に連携し、削減目標を共有することが不可欠です。
また、削減効果を定期的にモニタリングし、必要に応じて軌道修正を行うことが成功の鍵となります。
3. 顧客ニーズを捉えた付加価値の高い商品・サービス開発

現代の宿泊客は、単に「泊まる」だけでなく、「体験」や「感動」を求めています。
画一的なサービスでは、多様なニーズに応えることはできません。
顧客の潜在的なニーズを掘り起こし、それに応える付加価値の高い商品・サービスを開発することが、競合との差別化と収益力向上に直結します。
具体的なアプローチとしては、以下のような点が挙げられます。
- ターゲット顧客の明確化とパーソナライゼーション
どのような顧客に、どのような体験を提供したいのかを明確にします。
例えば、ファミリー層、カップル、ビジネスパーソン、外国人観光客、ペット連れなど、ターゲットを絞り込むことで、その層に響く具体的な商品・サービスを開発できます。
さらに、顧客の過去の利用履歴や嗜好に基づいて、個別最適化された提案を行うパーソナライゼーションも重要です。 - 地域資源を活かした体験型コンテンツの創
地域の観光資源(自然、歴史、文化、食、産業など)と連携し、宿泊体験と結びつけることで、オリジナリティの高いコンテンツを創出します。
例えば、地元漁港での漁業体験、伝統工芸品作り体験、地元の食材を使った料理教室、地域のお祭りへの参加など、その場所でしか味わえない体験を提供します。 - ワーケーション・ブレジャーニーズへの対応: テレワークの普及により、仕事と休暇を組み合わせた「ワーケーション」や、出張と観光を組み合わせた「ブレジャー」といった新たなニーズが生まれています。
高速Wi-Fi、電源、モニターなどを完備したワークスペースの提供や、仕事の合間にリフレッシュできるアクティビティの提案など、これらのニーズに対応したプランを開発します。 - ウェルネス・ヘルスケアニーズへの対応
健康志向の高まりを受け、温泉、ヨガ、マッサージ、地元の食材を使ったヘルシーメニューなど、心身のリフレッシュや健康増進に繋がるサービスを提供します。 - サステナビリティへの取り組みと発信
環境問題や社会貢献への意識が高い顧客層が増えています。
再生可能エネルギーの活用、食品ロスの削減、アメニティの環境配慮型への変更、地域社会への貢献活動など、サステナビリティへの取り組みを積極的に行い、それを顧客に分かりやすく発信することで、共感を呼び、選ばれる理由となります。 - テクノロジーを活用したサービス強化
AIチャットボットによる24時間対応、スマートチェックイン・チェックアウト、客室のIoT化(照明・空調の自動制御)、VR・ARを活用した施設案内など、最新テクノロジーを導入することで、顧客の利便性を高め、特別な体験を提供します。
これらの商品・サービス開発においては、顧客からのフィードバックを積極的に収集し、PDCAサイクルを回しながら常に改善していく姿勢が重要です。
また、自社の強みと地域の魅力を最大限に引き出すことで、他施設との差別化を図り、競争優位性を確立することができます。
4. 強固な組織づくりと人材育成・定着化

宿泊業界は、人によってサービスが提供される「人財産業」です。
どんなに素晴らしい施設や設備があっても、それを運用するスタッフの質が低ければ、顧客満足度は向上しません。
また、人手不足が深刻化する中で、優秀な人材の確保と定着は喫緊の課題です。
強固な組織づくりと人材育成・定着化は、経営改善の根幹をなす重要な要素です。
- 明確なビジョンとミッションの共有
施設が目指す方向性、提供すべき価値、顧客への約束を明確にし、全スタッフで共有します。
ビジョンとミッションが浸透することで、スタッフ一人ひとりが当事者意識を持ち、自律的に行動できるようになります。 - 適正な評価制度とキャリアパスの構築
スタッフの努力や成果を正当に評価し、インセンティブや昇給に繋がる仕組みを構築します。
また、将来のキャリアパスを具体的に示すことで、長期的なモチベーションを維持し、離職を防ぎます。 - 継続的な教育・研修の実施
接客スキル、語学力、専門知識(料飲、清掃、設備など)、危機管理能力など、業務に必要なスキルアップのための研修を定期的に実施します。
OJTだけでなく、外部研修やeラーニングの活用も有効です。
特に、多様化する顧客ニーズに対応するため、異文化理解や多言語対応の研修は必須です。 - 働きやすい環境づくりとエンゲージメント向上
労働時間管理の徹底、有給休暇の取得促進、福利厚生の充実など、ワークライフバランスを重視した働きやすい環境を整備します。
また、スタッフ間のコミュニケーションを活性化させるための取り組み(社内イベント、メンター制度など)も重要です。
スタッフエンゲージメントが高まることで、生産性向上、離職率低下、顧客満足度向上に繋がります。 - 採用戦略の見直しと多様な人材の活用
従来の採用方法だけでなく、SNSを活用した採用活動、外国人材の積極的登用、シニア人材の活用など、多様な人材が活躍できる場を提供します。
未経験者でも活躍できるような研修制度やサポート体制を整備することも重要です。 - DX(デジタルトランスフォーメーション)推進による業務効率化
ロボットによる清掃、スマートチェックインシステム、AIチャットボット、予約管理システムなど、テクノロジーを活用することで、定型業務を自動化・効率化し、スタッフが付加価値の高い業務に集中できる環境を整備します。
これにより、労働時間の削減とサービス品質の向上を両立させます。
スタッフ一人ひとりが輝き、活き活きと働ける環境が整うことで、自然とサービス品質は向上し、顧客満足度、そして収益向上へと繋がります。
5. デジタルマーケティング戦略の強化とブランド力向上

現代の宿泊業界において、デジタルマーケティングは集客の生命線です。OTAへの依存度が高い施設も多いですが、自社サイトからの直接予約を増やし、ブランド力を高めることで、手数料コストを削減し、収益性を向上させることができます。
デジタルマーケティング戦略の強化とブランド力向上に向けた具体策は以下の通りです。
- 多角的なデジタルマーケティングチャネルの活用:
- 自社予約サイトのUI/UX改善とSEO対策
ユーザーフレンドリーなデザイン、スムーズな予約導線、魅力的な写真や動画の掲載、PC・スマホ対応、SSL化など、予約に繋がりやすいサイト設計が重要です。
また、Google検索で上位表示されるためのSEO対策(キーワード選定、コンテンツの質向上、内部リンク最適化など)も不可欠です。 - SNSマーケティング
Instagram、Facebook、X(旧Twitter)、TikTokなどのSNSを活用し、施設の魅力や地域の情報を発信します。
ユーザー参加型コンテンツの企画、インフルエンサーとのコラボレーション、ライブ配信なども効果的です。
視覚的に訴求力のある写真や動画の活用が鍵となります。
SNSマーケティングは言葉が独り歩きし、安易に取り組むところも多いですが、ほとんどのこと路は長続きしません。
目的を明確にし、計画的な取り組みが必須となります。
人的、時間的に無理があるようなら、あえて取り組まないと決めるのも選択の一つです。 - コンテンツマーケティング
施設のこだわり、地域の魅力、スタッフの想いなどを伝えるブログ記事や動画コンテンツを定期的に発信します。
顧客の興味を引き、予約に繋がるような有益な情報を提供することで、エンゲージメントを高めます。 - リスティング広告・ディスプレイ広告
Google広告、SNS広告などを活用し、ターゲット層に合わせた広告を配信します。
検索連動型広告、ディスプレイ広告、リターゲティング広告などを組み合わせることで、効率的な集客が可能です。 - メールマーケティング
過去の宿泊客や見込み客に対し、季節ごとの情報、限定プラン、イベント情報などをメールで配信します。
CRM(顧客関係管理)ツールを活用し、顧客属性に合わせたパーソナライズされたメールを送ることで、リピート率向上に繋がります。 - MEO対策(マップエンジン最適化)
Googleマップなどでの上位表示を目指します。
Googleビジネスプロフィールを充実させ、写真の掲載、営業時間、最新情報の更新、口コミへの返信などをこまめに行うことが重要です。
- 自社予約サイトのUI/UX改善とSEO対策
- 効果的なレベニューマネジメントの導入
需要予測に基づき、客室単価と稼働率を最適化する戦略です。
季節、曜日、イベント、競合施設の動向などを考慮し、価格を変動させることで、収益の最大化を図ります。
ダイナミックプライシングシステムの導入も検討します。 - オンラインレビュー・口コミ対策の徹底
Google、トリップアドバイザー、OTAなどのレビューサイトでの評価は、新規顧客獲得に大きな影響を与えます。
高評価を得るためのサービス品質向上はもちろんのこと、寄せられた口コミには真摯に返信し、ネガティブなフィードバックにも誠実に対応することで、施設の信頼性を高めます。 - ブランドストーリーの構築と発信
施設独自の歴史、こだわり、哲学、地域との繋がりなど、感動を与えるブランドストーリーを構築し、多角的に発信します。
単なる宿泊施設ではなく、顧客の心に響く「唯一無二の存在」としてのブランドイメージを確立することが重要です。 - 地域との連携と共創
地域DMOや観光協会、地元企業、住民との連携を強化し、地域全体で魅力的な観光コンテンツを創出します。
地域ブランド力の向上は、結果として自施設の集客力向上にも繋がります。
デジタルマーケティングは、単にツールを導入するだけでなく、一貫した戦略と継続的な改善が不可欠です。
分析ツールを活用して効果を測定し、PDCAサイクルを回しながら、常に最適な戦略を追求していくことが成功の鍵となります。
まとめ
「ホテル・旅館の経営改善に効く!コンサルタントが教える5つの具体策」として、
- データに基づいた徹底的な現状分析とKGI・KPIの明確化
- 徹底的なコスト削減と適正化
- 顧客ニーズを捉えた付加価値の高い商品・サービス開発
- 強固な組織づくりと人材育成・定着化
- デジタルマーケティング戦略の強化とブランド力向上
を解説しました。
これらの具体策は、それぞれが独立しているのではなく、密接に連携し、相互に影響し合うものです。
例えば、データ分析によって顧客ニーズを把握し、それに基づいた商品開発を行い、デジタルマーケティングでその魅力を発信する。
そして、それらを支えるのは、強固な組織と質の高いスタッフであり、適切なコスト管理によって持続的な成長が可能となります。
宿泊業界を取り巻く環境は常に変化し、新たな課題が次々と生まれてきます。
しかし、これら5つの具体策を愚直に、かつ戦略的に実行していくことで、貴施設は必ずや厳しい競争を勝ち抜き、持続的な成長を遂げることができるでしょう。
経営改善は一朝一夕に成し遂げられるものではありません。
しかし、現状を正確に把握し、具体的な目標を設定し、着実に実行していくことで、必ず道は開けます。
本コラムが、貴施設の未来を切り開くための一助となれば幸いです。
もし、具体的な実行計画の策定や、さらなる詳細な分析が必要な場合は、いつでもお気軽にご相談ください。
貴施設の強みを最大限に引き出し、新たな価値を創造するお手伝いをさせていただきます。