
「毎日忙しいのに、なぜか利益が出ない」
「将来に向けて、漠然とした不安がある」
「何から手をつければ良いか分からない」
中小規模のホテル・旅館を経営されている皆様は、日々このような悩みを抱えているのではないでしょうか。
目の前の業務に追われ、なかなか「経営計画」を立てる時間が取れない、あるいは、どうやって立てていいのか分からないと感じている方も少なくないかもしれません。
しかし、羅針盤のない船が航海中に迷ってしまうように、経営計画のないホテル・旅館は、厳しい競争の波に翻弄され、やがて立ち行かなくなってしまうリスクを抱えています。
経営コンサルタントとして、様々な支援をさせて頂いた経験から確信しているのは、「中小規模だからこそ、しっかりとした経営計画が必要である」ということです。
大規模なホテルチェーンと異なり、中小規模のホテル・旅館は、経営資源(人、モノ、カネ)が限られています。
だからこそ、その限られた資源をどこに、どのように配分し、最大限の効果を生み出すかを明確にする必要があります。
お忙しいのは分かります。
お時間が無いのは重々承知の上で、皆様が「失敗しない経営計画」を立てるための具体的なステップと、それぞれのポイントを、分かりやすく解説していきます。
このコラムを読み終える頃には、貴施設の未来を切り開くための具体的な道筋が見えてくるはずです。
1. まずは「なぜ計画を立てるのか?」を明確にする

経営計画と聞くと、難しく、大変なものだと思われがちです。
しかし、まずはその目的をシンプルに考えてみましょう。
経営計画を立てる目的は、大きく分けて以下の3つです。
- 目指すゴールを明確にする
「何のために経営するのか?」「将来、どんなホテル・旅館になりたいのか?」という共通の目標を経営者自身、そしてスタッフ全員で共有するためです。
ゴールが明確でなければ、日々の業務もバラバラになり、組織としてのまとまりが生まれません。 - 現状を客観的に把握する
「今、何ができていて、何ができていないのか?」「どこに課題があるのか?」を数字や事実に基づいて洗い出すためです。
問題点を明確にすることで、効果的な改善策を立てることができます。 - 具体的な行動指針を示す
「ゴールに到達するために、何を、いつまでに、誰が、どのように行うのか?」という具体的な行動計画を立てるためです。
計画があるからこそ、日々の業務に優先順位をつけ、無駄なく効率的に目標達成へと進めます。
この「なぜ」を明確にすることで、経営計画を立てるモチベーションが上がり、具体的な作業もスムーズに進むはずです。
2. 「どこを目指す?」ビジョン・ミッション・経営理念を言語化する

経営計画の土台となるのが、貴施設の「ビジョン」「ミッション」「経営理念」です。
これらは、貴施設が「何のために存在し、何を大切にし、どこへ向かうのか」を示す、いわば貴施設の「魂」となるものです。
- ビジョン (Vision)
貴施設が将来、どのような姿になっていたいかを示す「理想の姿」です。
例えば、「地域で最も愛される癒やしの宿になる」「心に残る体験を提供する唯一無二のホテルになる」など、ワクワクするような目標を設定しましょう。 - ミッション (Mission)
貴施設が社会に対してどのような価値を提供するのかを示す「存在意義」です。
例えば、「お客様に最高の安らぎと感動を提供し、笑顔を創造する」「地域の魅力を発信し、交流の場を創出する」など、使命感を持って取り組める内容が良いでしょう。 - 経営理念
貴施設が経営を行う上で最も大切にする「考え方や価値観」です。
例えば、「お客様第一主義」「地域との共生」「従業員の幸福追求」など、日々の行動の規範となるものです。
これらを明確にすることで、経営者自身の軸が定まり、スタッフも共通の目標に向かって一丸となることができます。
ぜひ、時間を取って、これらを言語化してみてください。
紙に書き出し、スタッフとも共有することで、組織全体の方向性が明確になります。
3. 「今、どこにいる?」現状を徹底的に分析する

ゴールを決めたら、次は現在地を正確に把握する作業です。
これが経営計画における「現状分析」です。
感情や思い込みではなく、「数字」と「事実」に基づいて客観的に分析することが重要です。
特に中小規模のホテル・旅館で見てほしいポイントは以下の通りです。
3-1. 財務状況の把握
- 売上
宿泊部門、料飲部門、売店など、部門ごとの売上を細かく見てみましょう。
いつ、どこで、どれくらいの売上があったかを把握することで、売上の傾向や強み・弱みが見えてきます。 - 費用
人件費、食材費、光熱費、消耗品費、広告費など、何にどれくらいお金がかかっているかを把握します。
特に「固定費」(お客様が増減してもあまり変わらない費用)と「変動費」(お客様の増減によって変わる費用)を分けて考えると、費用削減のヒントが見つかりやすくなります。 - 利益
売上から費用を引いた「利益」がどのくらい残っているかを確認します。
利益が思ったより少ない場合は、売上を増やすか、費用を減らすかのどちらか、あるいは両方の対策が必要になります。 - 資金繰り
銀行預金が足りているか、借入金はどうかなど、お金の流れ全体を把握します。
赤字でなくても、資金が足りなくなって倒産する「黒字倒産」を防ぐためにも重要です。
3-2. 稼働状況とお客様データの分析
- 稼働率
「客室がどれくらい埋まっているか」を示す数字です。
年間、月ごと、曜日ごと、繁忙期・閑散期でどう変化するかを見てみましょう。 - 客室単価(ADR)
「1部屋あたりいくらで売れているか」を示す数字です。
全体だけでなく、部屋タイプ別、予約サイト別、プラン別で見てみると、どの部屋やプランが高く売れているか、安くなってしまっているかが見えてきます。 - RevPAR(レブパー)
「販売可能な客室1部屋あたりいくら稼いでいるか」を示す、ホテル・旅館にとって非常に重要な指標です。
客室単価と稼働率を掛け合わせたもので、この数字が高いほど効率よく稼げていると言えます。- RevPAR = 客室単価 × 稼働率
- 客層
どんなお客様が多いのか(年齢層、性別、家族構成、旅行目的、どこから来ているかなど)。
予約時のアンケートや、お見送りの際の会話などから情報を集めましょう。 - リピート率
どれくらいのお客様が何度も来てくれているか。
リピーターが多い宿は、安定した経営基盤があると言えます。 - 口コミ
口コミサイトやSNSでの評判はどうなっているか。
良い評価も悪い評価も、お客様が何を求めているのか、何に不満を感じているのかを知る貴重な情報源です。
3-3. 競合施設(ライバル)の分析
近隣の競合ホテル・旅館が、どんな料金で、どんなサービスを提供しているか、どんなお客様をターゲットにしているか、定期的にチェックしましょう。
彼らの強みや弱みを知ることで、貴施設がどこで差別化できるか、どうすれば選んでもらえるかを考えるヒントになります。
3-4. 自施設の強み・弱み、機会・脅威の分析(SWOT分析)
これまでの分析結果を基に、貴施設の状況を整理します。
これは「SWOT分析」というフレームワークを使うと分かりやすいです。
- 強み (Strengths)
他の施設にはない貴施設の良い点、得意なこと。
(例:温泉の質、食事の美味しさ、スタッフのきめ細やかなサービス、立地、歴史ある建物など) - 弱み (Weaknesses)
貴施設の改善すべき点、足りない点。
(例:設備の古さ、人手不足、知名度、ウェブサイトの使いにくさなど) - 機会 (Opportunities)
貴施設にとって有利になる外部環境の変化。
(例:インバウンド観光客の増加、地域の観光イベント開催、新しい交通網の整備など) - 脅威 (Threats)
貴施設にとって不利になる外部環境の変化。
(例:競合施設の増加、燃料費の高騰、自然災害のリスク、パンデミックなど)
これらを書き出すことで、貴施設が今後どんな戦略を取るべきかが見えてきます。
4. 「何をすればいい?」具体的な目標設定と戦略立案

現状分析が終わったら、いよいよ具体的な目標を設定し、それを達成するための戦略を立てていきます。
4-1. KGIとKPIを設定する
- KGI(Key Goal Indicator:重要目標達成指標)
貴施設が最終的に目指す「ゴール」です。
例えば、「来期末までに営業利益を20%向上させる」「3年後にリピート率を50%にする」など、具体的で測定可能な目標を設定します。
欲張りすぎず、達成可能な範囲で少し高めの目標にすると良いでしょう。 - KPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)
KGIを達成するために、日々、あるいは週ごと、月ごとに追いかけるべき「中間目標」です。例えば、KGIが「営業利益20%向上」なら、KPIとして「客室単価を10%上げる」「稼働率を5%上げる」「食材ロス率を2%削減する」などが考えられます。
KPIは、スタッフ一人ひとりが自分事として捉え、日々の業務に落とし込めるようなものが望ましいです。
4-2. 具体的な戦略を立てる(例:売上向上策、コスト削減策)
KGIとKPIを達成するために、どんな手を打つのかを具体的に考えます。
ここでは、前述の現状分析、特にSWOT分析の結果を最大限に活用します。
A. 売上向上策の例
- 高付加価値プランの開発:
- ターゲット設定
どんなお客様に来てほしいのかを明確にします。
(例:記念日旅行のカップル、温泉で癒されたい女性グループ、ビジネス利用の出張客など) - プラン内容
ターゲットのニーズに合わせた特別なプランを考えます。
(例:記念日ケーキ付きプラン、地元の食材を使った特別会席プラン、ワーケーション対応プラン、ペット同伴専用プランなど) - 価格設定
提供する価値に見合った適正な価格を設定します。
安売りではなく、価値を伝えることで高単価を実現します。
- ターゲット設定
- 集客チャネルの強化:
- 自社ウェブサイトの改善
見やすく、予約しやすいサイトにリニューアルし、限定プランや特典を設けて、お客様が直接予約したくなるように工夫します。
SEO対策(検索エンジンで上位表示されるための工夫)も重要です。 - SNS活用
Instagram、Facebook、X(旧Twitter)、TikTokなどで、施設の魅力や地域の情報を写真や動画で積極的に発信します。
お客様とのコミュニケーションも大切にしましょう。 - 口コミ対策
良い口コミを増やすためにサービス向上に努め、悪い口コミにも誠実に対応します。
Googleビジネスプロフィール(Googleマップでの表示情報)の充実も忘れずに。 - 地域連携
地域の観光協会やDMO(観光地域づくり法人)、近隣の飲食店、観光施設などと連携し、共同で観光誘致イベントを企画したり、相互に割引や特典を設けたりすることで、地域全体で集客力を高めます。
- 自社ウェブサイトの改善
- 既存顧客のリピート促進:
- 宿泊後のサンキューメールの送付、次回使える割引券の配布、会員制度の導入など、お客様に「また来たい」と思ってもらえるような施策を考えます。
B. コスト削減・適正化策の例
- 人件費の効率化:
- シフトの見直し
閑散期と繁忙期に合わせて、必要な人員を適切に配置します。 - 多能工化
一人のスタッフが複数の業務(例:フロントと清掃、料飲と客室案内)をこなせるように育成し、人手不足を補います。 - 業務効率化ツールの導入
スマートチェックインシステム、予約管理システム、清掃管理アプリなどを活用し、ルーティン業務を効率化します。
- シフトの見直し
- 光熱費の削減
LED照明への切り替え、節水型シャワーヘッドの導入、エアコンの設定温度の適正化など、すぐにできることから始めましょう。 - 仕入れコストの見直し
食材、アメニティ、消耗品など、定期的に購入するものの仕入れ先を見直し、相見積もりを取ったり、まとめ買いをしたりして、より安く仕入れられないか検討します。 - OTA手数料の削減
OTA(Online Travel Agent:楽天トラベルやじゃらんなどのオンライン旅行会社)は集客に不可欠ですが、手数料は大きな負担です。
前述の自社ウェブサイト強化やリピート促進により、OTA経由の予約比率を下げ、自社予約を増やすことが重要です。
これらの戦略は、貴施設のビジョン・ミッションと整合性が取れているか、KGI・KPI達成に貢献するかを常に意識して検討しましょう。
5. 「どうやって進める?」具体的な実行計画に落とし込む

戦略が固まったら、いよいよ具体的な行動計画に落とし込みます。
これは、誰が、何を、いつまでに、どれくらいの費用で実行するのかを明確にする作業です。
- タスクの洗い出し
戦略を実現するために必要な「やること」をすべて洗い出します。
(例:「自社サイトの予約システムを改善する」「SNSで週3回投稿する」「スタッフ向け接客研修を企画する」など) - 担当者の決定
それぞれのタスクについて、責任者と担当者を明確に割り当てます。 - 期限の設定
各タスクに具体的な期限を設定します。
短期間でできるものから、長期的な視点で取り組むものまで、現実的なスケジュールを立てましょう。 - 予算の確保
各タスクにかかる費用を見積もり、予算を確保します。
費用対効果(かけた費用に対してどれくらいの効果が得られるか)も考慮に入れることが重要です。 - 進捗管理の方法
週次や月次でミーティングを開き、計画の進捗状況を確認する場を設けます。
うまくいっている点、課題となっている点を共有し、必要に応じて計画を修正します。
この実行計画は、経営者だけでなく、部門責任者やスタッフにも共有し、全員が同じ方向を向いて行動できるようにすることが重要です。
6. 「ズレてない?」定期的に見直し、修正する

経営計画は、一度作ったら終わりではありません。市場環境や競合の動向、お客様のニーズは常に変化します。計画通りに進まないことも多々あるでしょう。
だからこそ、定期的な見直しと修正が不可欠です。
- 進捗の確認
設定したKPIが達成できているか、KGIに向けて順調に進んでいるかを定期的に(月ごと、四半期ごとなど)確認します。 - ズレの原因分析
目標と実績にズレがある場合は、「なぜズレたのか?」その原因を徹底的に分析します。
計画が甘かったのか、実行が不十分だったのか、外部環境の変化があったのか、など、多角的に考えます。 - 計画の修正
原因を特定したら、必要に応じて計画を修正します。
目標の再設定、戦略の変更、実行計画の見直しなど、柔軟に対応することが成功の鍵です。 - スタッフとの共有
見直し結果や修正した計画は、必ずスタッフと共有し、理解と協力を得ることが重要です。
このPDCAサイクル(Plan:計画、Do:実行、Check:評価、Act:改善)を回し続けることで、貴施設の経営は常に最適な状態を保ち、変化に対応できるようになります。
まとめ
中小規模のホテル・旅館を経営されている皆様が「失敗しない経営計画」を立てるための6つのステップを解説しました。
- 「なぜ計画を立てるのか?」を明確にする
- 「どこを目指す?」ビジョン・ミッション・経営理念を言語化する
- 「今、どこにいる?」現状を徹底的に分析する
- 「何をすればいい?」具体的な目標設定と戦略立案
- 「どうやって進める?」具体的な実行計画に落とし込む
- 「ズレてない?」定期的に見直し、修正する
経営計画は、未来への投資であり、貴施設の羅針盤です。
難しく考える必要はありません。
まずはできるところから、一歩ずつ始めてみてください。
完璧な計画でなくても、計画があるかないかで、未来は大きく変わります。
このコラムが、貴施設の持続的な成長と発展の一助となれば幸いです。
もし、具体的な計画策定でお困りのことや、より詳細なアドバイスが必要な場合は、いつでもお気軽にご相談ください。
貴施設の魅力を最大限に引き出し、輝かしい未来を築くお手伝いをさせていただきます。