人手不足の宿泊業を救う!「辞めない職場」を作る、現場改善と人材育成のコツ

「募集をかけても、なかなか人が集まらない…」
「ようやく採用できたと思ったら、すぐに辞めてしまった…」
「現場が疲弊しきっていて、サービスの質が維持できない…」

今、日本の宿泊業界全体が、悲鳴にも似た深刻な人手不足に直面しています。
インバウンド需要が急速に回復し、お客様が戻ってきた喜びも束の間、現場を支える「人」が足りないという現実に、多くの経営者様や支配人様が頭を悩ませていらっしゃることでしょう。

「人がいないのだから、サービスレベルが落ちるのも仕方ない」と諦めてしまうのは簡単です。
しかし、それではお客様の満足度は下がり、施設の評判を落とし、さらなる客離れを招くという負のスパイラルに陥りかねません。

では、どうすればいいのか。

答えは、闇雲に「人を増やす」ことだけを考えるのではなく、「今いる人材でいかに生産性を上げ、従業員が『ここで働き続けたい』と思える魅力的な職場を作るか」という視点に転換することです。

このコラムでは、これまで多くのホテル・旅館の現場を見てきたコンサルタントとして、人手不足という大きな課題を乗り越えるための「現場改善」と「人材育成」の具体的なコツを、余すところなくお伝えします。
この記事が、皆様の施設をより強く、より魅力的な場所へと変える一助となれば幸いです。

第1章:なぜ人は辞めるのか?人手不足の「本当の理由」

対策を考える前に、まずは人手不足の根本原因を深掘りしてみましょう。賃金や労働時間といった待遇面はもちろん重要ですが、それだけが理由で人が去っていくわけではありません。現場でよく見られる「本当の理由」は、主に次の3つに集約されます。

1. 業務の属人化と非効率

「この予約管理は、ベテランの〇〇さんしかできない」
「客室の備品場所は、清掃リーダーの頭の中にしかない」
特定のスタッフの経験と勘に頼り切った「属人化」した業務は、その人が休んだり退職したりした途端に現場を混乱させます。
新人スタッフは、見て覚えるしかない非効率な環境で戸惑い、成長を実感できずに辞めてしまうのです。

2. 成長が見えないキャリアパス

「毎日同じことの繰り返しで、将来が不安…」
「ここで頑張っても、評価されている気がしない…」
人は誰しも、自分の成長を実感したい生き物です。
目の前の業務に追われるばかりで、自分がこの先どうなっていくのか、どんなスキルが身につき、どう評価されるのかが見えなければ、働くモチベーションを維持することは困難です。

3. コミュニケーション不足による人間関係

宿泊業はチームプレーです。
しかし、多忙を極める現場では、部署間の連携がうまくいかなかったり、上司が部下の話を聞く時間がなかったりと、コミュニケーションが不足しがちです。
些細なすれ違いが人間関係のストレスを生み、居心地の悪さから退職を決意するケースは後を絶ちません。

これらの課題に心当たりはないでしょうか。
人手不足対策の第一歩は、こうした現場の「見えざる課題」に気づくことから始まります。

第22章:「少ない人数でも回る」現場へ!明日からできる業務改善3つの視点

人が定着する魅力的な職場を作るには、まず、従業員が疲弊しない「効率的な働き方」を実現することが不可欠です。
ここでは、ITツールの導入といった大きな投資だけでなく、すぐに取り組める改善の視点をご紹介します。

視点1:「やめる」勇気を持つ

私たちは無意識のうちに「これまでやっていたから」という理由だけで、多くの業務を続けています。
まずは、その「当たり前」を疑うことから始めましょう。

  • 過剰なサービスの棚卸し:お客様の満足度に直結しない過剰なサービスはありませんか?(例:全室への挨拶回り、手順が複雑すぎるアメニティの提供方法など)
  • 非効率な会議・報告の廃止:目的が曖昧な定例会議や、誰も読んでいない日報など、時間を奪うだけの慣習はやめましょう。情報共有なら、後述するチャットツールで十分な場合も多くあります。

視点2:ITツールで「人間がやらなくていい仕事」をなくす

テクノロジーの進化は、宿泊業の働き方を大きく変える可能性を秘めています。
高価なシステムだけでなく、無料で始められるものもたくさんあります。

  • 予約管理の自動化:PMS(※1)とサイトコントローラー(※2)を連携させれば、各OTAからの予約情報が自動で取り込まれ、手作業による転記ミスやダブルブッキングを防げます。
  • 情報共有のスピードアップ:LINE WORKSやSlackといったビジネスチャットツールを導入すれば、「〇〇様、まもなくご到着です」といった連絡がリアルタイムで全スタッフに伝わります。インカムのように声が届かない場所でも確実な情報共有が可能です。
  • スマートチェックインの導入:タブレット端末によるチェックインや、事前決済を促すことで、フロント業務の負担を大幅に軽減できます。お客様にとっても待ち時間が短縮されるメリットがあります。

(※1) PMS:Property Management Systemの略。予約管理、顧客管理、客室管理など、宿泊施設の基幹業務を統合的に管理するシステム。
(※2) サイトコントローラー:複数のOTAや自社予約システムを一元管理し、在庫や料金の調整を自動で行うシステム。

視点3:マニュアルを整備し、「誰でもできる」状態を作る

業務の属人化を防ぎ、新人スタッフが一日も早く戦力になるためには、分かりやすいマニュアルが不可欠です。

  • 動画マニュアルの活用:客室清掃の手順や、予約システムの操作方法などをスマートフォンで撮影し、動画マニュアルを作成しましょう。文章を読むより直感的に理解でき、教育担当者の負担も減らせます。
  • マルチタスク化の推進:業務が標準化されれば、「フロント業務が落ち着いている時間は予約の電話を取る」「レストランのアイドルタイムに清掃の準備を手伝う」といった、部署の垣根を越えた柔軟な働き方(マルチタスク化)が可能になり、少ない人数でも効率的に現場を回せるようになります。

第3章:「ここで働きたい」と思われる職場へ!定着率を高める人材育成のコツ

業務効率化で生まれた時間と心の余裕を、次なる一手、「人材育成」に投資しましょう。
人が育ち、大切にされていると実感できる職場は、従業員のエンゲージメント(仕事への熱意や貢献意欲)を高め、離職率を劇的に下げます。

コツ1:承認と評価で「働きがい」を醸成する

人は、自分の仕事が誰かの役に立っている、認められていると感じた時に、最もやりがいを感じます。

  • 「ありがとう」を見える化する:スタッフ同士が良い仕事をした際に感謝を伝え合う「サンクスカード」制度や、お客様からいただいたお褒めの言葉を朝礼で共有するなど、ポジティブな承認が飛び交う文化を作りましょう。
  • 明確な評価制度を作る:「何を」「どこまで」頑張れば評価され、昇給や昇進に繋がるのか。その基準を明確にし、全スタッフに公開しましょう。目標が明確になることで、日々の業務に目的意識が生まれます。

コツ2:「育てる仕組み」をデザインする

「見て覚えろ」という時代は終わりました。会社として、体系的に人を育てる仕組みを持つことが重要です。

  • 1on1ミーティングの導入:上司と部下が週に1回、あるいは月に1回、15分〜30分程度の短い時間で対話する場を設けましょう。業務の相談だけでなく、キャリアの悩みやプライベートな雑談も交えることで信頼関係が深まり、部下の小さな変化や悩みにいち早く気づくことができます。
  • メンター制度で新人の不安を解消:新入社員一人ひとりに対して、年齢の近い先輩社員を教育・相談役(メンター)として任命する制度です。業務の指導役とは別に、精神的な支えとなる存在がいることで、新人の孤独感や不安を和らげ、早期離職を防ぎます。

コツ3:多様な働き方を許容する

フルタイムで週5日働くという画一的な働き方だけでは、もはや優秀な人材を確保することはできません。

  • 柔軟なシフト制度:子育て中の主婦(夫)層が働きやすい「午前中のみ」の短時間シフトや、体力に自信のあるシニア層向けの「週3日」勤務など、多様な働き方を認めることで、これまでアプローチできなかった層にまで採用の門戸が広がります。
  • 「やりたい」を応援する:「日本酒が好きなので、利き酒師の資格を取りたい」「SNSでの発信に挑戦してみたい」といった従業員の意欲を積極的に支援しましょう。個人の成長が、結果として施設の新たな魅力となり、本人のエンゲージメント向上にも繋がります。

まとめ:人手不足は、変革のチャンスである

人手不足という荒波は、日本の宿泊業にとって間違いなく大きな危機です。
しかし、視点を変えれば、これは旧来の非効率な働き方や、根性論に頼った人材育成を見直し、より生産性が高く、従業員一人ひとりが輝ける魅力的な職場へと生まれ変わるための、またとない「変革のチャンス」でもあります。

ITツールを賢く活用して無駄をなくし、生まれた時間でスタッフと向き合い、成長を支援する。
この「効率化」と「人間的な繋がり」の両輪を回していくことこそが、人手不足時代を勝ち抜く鍵となります。

本日ご紹介したアイデアの中に、一つでも「これならできそうだ」と感じるものがあれば、ぜひ明日から試してみてください。
経営者や支配人が率先して動く姿は、必ずや現場のスタッフに伝わり、施設全体を良い方向へと動かす大きなうねりとなるはずです。

あなたの施設が、お客様からも、そして働く仲間からも「選ばれる場所」となることを、心から応援しています。

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