
「大規模なホテルのような体力はないし、派手な宣伝も打てない」
「スタッフの数が限られており、一人が何役もこなして疲弊している」
「結局、価格を下げるしかお客様を呼ぶ方法が思いつかない…」
客室数が10室、20室といった小規模なホテルや旅館、ペンション、民宿の経営者の皆様から、このような切実な悩みを伺うことは少なくありません。
限られた予算と人材の中で、日々の運営をこなすだけでも精一杯。
利益を出し、未来へ投資する余裕などないと感じていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。
しかし、もしあなたが「小さいことは不利だ」と思い込んでいるとしたら、それは非常にもったいないことです。
断言します。
小さいこと、それ自体が現代においては最大の「武器」になり得ます。
この記事では、大規模施設には決して真似のできない、小規模ならではの強みを最大限に活かし、安売り競争から脱却して、筋肉質でしなやかな「利益体質」へ転換するための具体的な手法を、3つのステップで徹底的に解説します。
この記事を読み終える頃には、自館の持つ可能性に気づき、明日への確かな一歩を踏み出せるはずです。
マインドセット転換:「小さい=不利」から「小さい=武器」へ
まず、最も重要な意識改革から始めましょう。
小規模施設が持つ「武器」とは何でしょうか。
俊敏性(スピード)
大企業のように、稟議や会議を重ねる必要はありません。
良いアイデアがあれば、オーナーの決断一つで即日実行できます。
季節限定プランの急な導入や、お客様の声を受けた即時のサービス改善など、そのスピード感は圧倒的な強みです。
柔軟性(フレキシビリティ)
マニュアルに縛られない、お客様一人ひとりに合わせた柔軟な対応が可能です。
画一的なサービスしか提供できない大規模施設とは対照的に、「あなただけ」の特別なおもてなしを創造できます。
密着性(リレーションシップ)
お客様との物理的、心理的な距離の近さは、小規模施設の宝です。
オーナーや女将、スタッフの顔が見え、直接会話を交わすことで生まれる温かい関係性は、お客様を熱心な「ファン」に変える力を持ちます。
これらの武器を認識した上で、「薄利多売」の消耗戦から抜け出し、「高付加価値・適正利益」を目指す。
このマインドセットの転換こそが、利益体質へのすべての始まりです。
ステップ1:守りを固める - 徹底的な「コストの見える化」と固定費ダイエット
利益とは、売上からコストを引いたものです。売上を伸ばす前に、まずは足元から漏れ出しているコストを徹底的に見直し、無駄のない筋肉質な経営基盤を作りましょう。
① どんぶり勘定からの卒業
「なんとなく儲かっている気がする」「今月は厳しいな」。
そんな感覚的な経営判断は非常に危険です。
まずは、自館のお金の流れを正確に把握することから始めます。
クラウド会計ソフトの導入
手書きの帳簿や複雑なExcelシートを使っているなら、今すぐ月額数千円から利用できるクラウド会計ソフトの導入を検討しましょう。
銀行口座やクレジットカードと連携すれば、取引データが自動で取り込まれ、経理作業が劇的に楽になります。
費用の科目別チェック
水道光熱費、食材原価、リネン代、消耗品費、OTA手数料(※1)など、費用項目ごとに毎月の数値を追いかけます。
「先月より光熱費が上がったのはなぜか?」
「稼働率に対する食材原価率は適正か?」
と自問し、異常値の原因を探る癖をつけましょう。
② 小規模施設の泣き所「固定費」にメスを入れる
お客様の数に関わらず発生する固定費は、小規模施設の経営を圧迫する最大の要因です。
ここにメスを入れずして、利益体質への転換はあり得ません。
スタッフの「多能工化(マルチタスク)」を推進する
「フロント担当」「予約担当」「配膳担当」と業務を固定化するのではなく、一人のスタッフが複数の業務をこなせるように育成します。
例えば、日中はフロント業務、夕方は配膳のサポート、空き時間にはSNSの更新、といった働き方です。
これにより、最小限の人数で施設全体を効率的に運営できます。
【重要ポイント】 多能工化は、単なる人件費削減策ではありません。
スタッフにとってはスキルアップにつながり、仕事の幅が広がることでやりがいも向上します。
新しいスキルを習得したスタッフには、手当を支給するなど、頑張りが正当に評価される仕組みをセットで導入することが成功の鍵です。
IT/DX化で「人がやらなくていい仕事」をなくす
人手が足りないからこそ、ITの力を最大限に活用すべきです。
- PMS(宿泊管理システム)/サイトコントローラー: 予約管理や在庫調整を自動化し、ダブルブッキングや機会損失を防ぎます。手作業での予約管理に費やしていた時間を、お客様へのおもてなしという「人にしかできない仕事」に振り向けられます。
- スマートロック: お客様のスマートフォンや暗証番号で解錠できるスマートロックを導入すれば、フロントの無人化やチェックイン/アウト業務の省力化も可能になります。
- CRM(顧客管理ツール): お客様の情報をデータで管理し、リピーターへのきめ細やかなアプローチを自動化します。
これらは「投資」ですが、人件費の抑制とサービス品質向上という、計り知れないリターンをもたらします。
小規模事業者向けの補助金が活用できる場合も多いので、積極的に情報収集しましょう。
※1 OTA(Online Travel Agent): 楽天トラベルやじゃらんnetなど、インターネット上の旅行会社。売上に応じて10%前後の手数料が発生する。
ステップ2:攻めに転じる - 「売上」の構造改革と依存からの脱却
コスト構造を健全化したら、次は売上の質を高めていきます。
「宿泊」だけに頼る一本足打法から脱却し、複数の収益源を持つことが安定経営の秘訣です。
① OTA依存度を下げ、利益率を高める
OTAからの集客は重要ですが、10%の手数料は利益を大きく削ります。
目標は、自社公式ウェブサイトからの予約比率を50%以上にすることです。
- 魅力的な自社サイト限定特典: 「ベストレート保証」はもちろん、「通常10時のチェックアウトが11時に」「ウェルカムドリンクサービス」「地元の銘菓プレゼント」など、OTAにはない魅力的な特典を用意し、自社サイトからの予約が最もお得であることを明確に伝えます。
- SNSからの直接予約: Instagramのプロフィールに予約ページのリンクを貼る、Facebookで限定プランを告知するなど、日々の情報発信から直接予約につながる導線を設計しましょう。
② 「宿泊」以外のキャッシュポイントを作る
客室が満室にならなくても、売上を作れる仕組みを考えます。
施設の遊休資産や時間帯を収益化しましょう。
- 日帰り・デイユースの強化:
- ワーケーションプラン: Wi-Fi環境やデスクを整え、仕事に集中したいビジネスパーソン向けに客室を時間貸しします。温泉入浴とセットにすれば、さらに魅力がアップします。
- ランチ付き温泉休憩プラン: 近隣の主婦層やシニア層をターゲットに、平日の昼間の時間帯を活用したプランを造成します。
- 物販の本格化:
- 「食」の魅力を持ち帰ってもらう: 朝食で提供している自家製ジャムやドレッシング、料理長が目利きした地元の味噌や醤油などを商品化し、フロント横やオンラインストアで販売します。
- オリジナルグッズ開発: 施設のロゴやコンセプトをデザインした手ぬぐいやマグカップ、アメニティなどを開発。旅の思い出となり、次の来訪動機にもつながります。
- 体験コンテンツの有料サービス化: 女将が教える着物の着付け教室、オーナーと巡る早朝の散歩ガイド、料理長による出汁の取り方講座など、スタッフの個性やスキルを活かした「体験」を有料のオプショナルツアーとして販売します。
これらの施策は、稼働率の低い日や時間帯の収益を底上げし、経営の安定化に大きく貢献します。
ステップ3:価値を最大化する - 小規模の「武器」を磨き上げる
守りと攻めの基盤が整ったら、いよいよ小規模施設の真骨頂である「独自性」と「関係性」を磨き上げ、利益の源泉に変えていきます。
① 「あなたに会いに来た」と言われる宿になる
小規模施設の最大の資産は「人」です。お客様一人ひとりの顔と名前を覚え、前回いらした時の会話の内容や好みを記憶し、次にお会いした時に
「〇〇様、先日は出張お疲れ様でした。今回はゆっくりできそうですか?」
と声をかける。
この人間的な触れ合いは、どんなに高価な設備投資にも勝る感動を生み出します。
お客様は「施設」に泊まりに来るのではなく、「〇〇さんに会いに来た」と感じるようになります。
こうして生まれた強固な関係性は、熱心なリピーターを生み、彼らが良質な口コミを広げてくれる最高の営業パーソンとなってくれるのです。
② 「ニッチ戦略」で独自のポジションを築く
万人受けを狙う必要はありません。むしろ、「ある特定の人たち」から熱狂的に愛されることを目指しましょう。
これを「ニッチ戦略」と呼びます。
自館の強みと、特定の趣味やライフスタイルを持つ人々(ペルソナ)のニーズを掛け合わせ、独自のコンセプトを打ち立てるのです。
- 例①:サイクリストが集まる宿 → 館内に自転車メンテナンススペースと工具を完備。高圧洗浄機も設置。 → サイクリスト向けの栄養満点の食事や補給食を提供。 → オーナー自身がサイクリストで、周辺のおすすめコースマップを作成・提供。
- 例②:愛犬と過ごす休日を極めた宿 → 客室にケージやペット用アメニティを完備。小さなドッグランも併設。 → 愛犬用の特別ディナーメニューを用意。 → 看板犬がいて、犬好きのコミュニティが生まれている。
- 例③:何もしない贅沢を知る「書斎の宿」 → テレビを置かず、代わりに良質な本やオーディオシステムを設置。 → 窓辺には座り心地の良い一人掛けソファと読書灯。 → 誰にも邪魔されず、静かに自分と向き合う時間を最高の価値として提供。
ニッチ戦略が成功すれば、その分野では「日本で一番の宿」になることも可能です。
そうなれば、お客様は価格ではなく「そこでしか得られない体験」を求めてやってきます。
あなたは価格決定権を取り戻し、安売りの連鎖から完全に自由になれるのです。
まとめ:オーナーの情熱こそが、最高の経営資源
小規模宿泊施設の利益体質への転換は、「コスト削減」という守りと、「売上構造改革」「高付加価値化」という攻め、この両輪を力強く回していくプロセスです。
- 守り: ITツールと多能工化で、無駄のない筋肉質なコスト構造を作る。
- 攻め: 宿泊以外の収益源を確保し、OTA依存から脱却する。
- 価値創造: 小規模ならではの「人」と「独自性」を磨き、熱狂的なファンを作る。
これらは、決して簡単な道のりではありません。
しかし、その全ては、オーナーであるあなた自身の「こんな宿にしたいんだ」「お客様にこう喜んでほしいんだ」という情熱から始まります。
その情熱こそが、スタッフを動かし、お客様の心を打ち、施設の未来を創る最大の経営資源です。
小さいことを嘆くのは、もう終わりにしましょう。
その手の中にある「武器」を信じて、今日から、できることから、新たな一歩を踏み出してみませんか。