客単価を上げても満足度が下がらない価格設定のヒント

「原材料費や人件費は上がる一方。でも、宿泊料金を上げたらお客様が離れてしまうのではないか…」 「客単価を上げたいが、安易な値上げは顧客満足度の低下に直結しそうで怖い」

ホテル・旅館の経営に真摯に取り組む皆様であれば、一度ならずこういったジレンマに頭を悩ませたことがあるのではないでしょうか。
コスト削減努力にも限界がある中、事業を継続し、スタッフの生活を守り、さらなる投資で施設の魅力を高めていくためには、適正な利益の確保、すなわち「客単価の向上」が避けて通れないテーマです。

しかし、多くの方が「値上げ=顧客満足度の低下」という恐怖心に縛られています。

もし、その考え方が、実は大きな機会損失を生んでいるとしたら?
本記事では、多くの宿泊施設の収益改善を支援してきたコンサルタントの視点から、お客様の満足度を一切下げることなく、むしろ「ありがとう」と感謝されながら客単価を向上させる、価格設定の考え方と具体的なヒントを、余すところなくお伝えします。

第1章:マインドセットの転換〜「値上げ」ではなく「価値の適正化」と考える〜

最初に、最も重要な心構えについてお話しします。
それは、「値上げ」という言葉を使わない、ということです。
私たちは「価値の適正化」または「価値向上」という視点で価格を捉え直す必要があります。

お客様は、単に「安いから」という理由だけで宿泊施設を選んでいるわけではありません。
お客様が本当に支払っているのは、部屋という「空間」や食事という「モノ」に対してではなく、そこで過ごす「時間」、得られる「体験」、そして心に残る「思い出」という無形の価値に対してです。

顧客満足度の方程式は、非常にシンプルです。

顧客満足度 = お客様が感じた「体験価値」 - お客様が支払った「価格」

この数式がプラスに大きく振れれば振れるほど、お客様は「お得だった」「また来たい」と感じます。
つまり、私たちが目指すべきは、価格を据え置くことではなく、「価格」の上昇分を上回るだけの「体験価値」を創造し、それをしっかりとお客様に伝えることなのです。

安すぎる価格は、時として「品質に自信がないのでは?」というネガティブなメッセージをお客様に送ってしまいます。
自館が提供する価値に自信を持ち、それに見合った正当な対価をいただく。
この堂々とした姿勢こそが、質の高いサービスを求めるお客様を引き寄せる第一歩となります。

第2章:満足度を高めながら客単価を上げる3つの具体的戦略

では、具体的にどうすれば「体験価値」を高め、価格に反映させることができるのでしょうか。
ここでは、明日からでも検討できる3つの戦略をご紹介します。

戦略1:宿泊体験を「分解」し、付加価値を「見える化」する

多くの施設では、「1泊2食付き スタンダードプラン 〇〇円」といった包括的な料金設定をしています。しかし、その「〇〇円」の中には、実はたくさんの価値が隠れています。
それらを分解し、一つひとつに光を当てることで、お客様は価格の理由に納得しやすくなります。

  • アメニティの価値を伝える: 「当館では、地元産のオーガニックハーブを使用した〇〇ブランドのシャンプー・コンディショナー(市販価格〇円相当)をご用意しております」
  • 寝具の価値を伝える: 「旅の疲れを癒していただくため、全室に〇〇社製の高級マットレス(定価〇円)と、5種類から選べるピローバーを導入しております」
  • 景観の価値を伝える: 「このお部屋からご覧いただける夕景は、当館でも限られたお部屋からしか望めない特別な眺望です」

このように、プランの基本料金に含まれている要素の「こだわり」や「背景」を丁寧に説明するだけで、お客様が感じる価値は大きく変わります。
「ただの部屋」が「こだわりの詰まった特別な空間」へと昇華するのです。
まずは基本プランの価値をしっかりと定義し、その上で、さらに上の体験を求めるお客様のために次の戦略を展開します。

戦略2:「選ぶ楽しみ」を提供し、自然なアップセル・クロスセルを促す

お客様は、「押し付けられる」ことを嫌いますが、「自分で選ぶ」ことには喜びを感じます。
この心理を巧みに利用するのが、選択肢の提供によるアップセル(より高単価な商品への誘導)とクロスセル(関連商品の合わせ買い促進)です。

  • 「松・竹・梅」の法則を応用したプラン階層化: 前回の記事でも触れましたが、価格帯の違う3つの選択肢を用意する手法は非常に有効です。
    • 梅(基本プラン): 最もリーズナブルだが、価値はしっかりと伝える。
    • 竹(推奨プラン): 「梅」に、最もお客様が喜びそうな付加価値(例:夕食のメインディッシュをアップグレード、景色の良い部屋を確約など)を加え、絶妙な価格設定にする。「人気No.1」などの冠をつけるとさらに効果的。
    • 松(特別プラン): 露天風呂付き客室、記念日用の特典(ケーキ・シャンパン)、特別な体験などを盛り込んだ最高級プラン。このプランの存在が、「竹」プランのお得感を際立たせます。
  • 予約時・滞在中の「ちょい足し」オプション: 宿泊プラン本体の価格は上げなくとも、オプションを追加してもらうことで客単価は向上します。
    • 食事の選択肢: 夕食のメインを「A5ランク牛ステーキ」「伊勢海老のお造り」「鮑の踊り焼き」から選べるようにする(追加料金あり)。
    • 体験の選択肢: 貸切風呂の事前予約、エステ・マッサージ、地元のアクティビティ(陶芸体験、着物レンタルなど)の予約代行。
    • 時間の選択肢: レイトチェックアウト、アーリーチェックイン。

これらの選択肢は、お客様の「せっかくの旅行だから、少し贅沢したい」という気持ちに応えるものであり、満足度を高めながら自然に客単価を引き上げてくれる魔法の仕掛けなのです。

戦略3:「限定性」と「希少性」で特別感を演出する

人は、「いつでも手に入るもの」よりも「今しか手に入らないもの」「限られた人しか手に入れられないもの」に高い価値を感じます。
この心理を利用して、プランに「限定性」や「希少性」というスパイスを加えましょう。

  • 時間的限定: 「〇月限定!秋の味覚『松茸』を堪能する特別会席プラン」
  • 数量的限定: 「1日3組様限定。最上階の絶景露天風呂付き客室確約プラン」
  • チャネル限定: 「公式サイトからのご予約限定。地元銘菓のウェルカムスイーツプレゼント」

「限定」という言葉は、お客様の「見逃したくない」という気持ちを刺激し、多少価格が高くても「それだけの価値がある」と判断させやすくする効果があります。
また、特別感を演出することで、予約したお客様自身の満足度(自己肯定感)も高まります。

第3章:価値を伝え、価格に「納得」していただくコミュニケーション術

どんなに素晴らしい価値を用意しても、それがお客様に伝わらなければ意味がありません。
価格に納得していただくための最後のピースは、丁寧なコミュニケーションです。

その最大の武器が「ストーリーテリング」です。

なぜ、この食材を使っているのか。
なぜ、この器で提供するのか。
なぜ、この場所にこの宿はあるのか。
料理長の想い、女将のこだわり、施設の歴史といった「背景にある物語」を語るのです。

「このお魚は、支配人が毎朝5時に〇〇漁港へ足を運び、自身の目で確かめて競り落としたものです」

「このお部屋の床柱は、当館の創業時に裏山から切り出した樹齢〇年の檜を使用しております」

こうしたストーリーは、単なる「モノ」や「サービス」に、温かい血を通わせ、他では決して真似できない唯一無二の価値を与えます。
ストーリーに共感したお客様は、価格を「高い」とは感じません。
むしろ、その物語の対価として、喜んでお金を支払ってくれる「ファン」になってくれるのです。

結論:自信ある価格は、最高の「おもてなし」

客単価を上げても満足度が下がらない価格設定とは、小手先のテクニックではありません。
それは、自館が提供する価値を深く見つめ直し、それを最大化し、お客様に真摯に伝えるという、経営そのものの活動です。

適正な価格をいただくことは、お客様を裏切ることではありません。
むしろ、それによって得た利益で、施設を維持・改善し、スタッフの待遇を向上させ、さらなるおもてなしの質を高めていくことができるのです。
それは巡り巡って、未来のお客様への最高の「おもてなし」に繋がります。

さあ、まずは皆様の施設で最もベーシックなプランを一つ、見直してみてください。
その中に隠れている「価値」は何ですか?
それをどうすれば、もっとお客様に伝えることができるでしょうか?
その小さな一歩が、お客様の満足度と施設の収益を、共に高める大きな飛躍となるはずです。

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